用語集
間葉系幹細胞(MSC)療法を正しく理解するための重要キーワードを解説しています
このページの要点
- 本用語集は、間葉系幹細胞(MSC=間葉系間質細胞)療法を正しく理解するための重要キーワードを解説しています。
- 近年の定説では、MSCは「分化して組織を置き換える」のではなく、パラクライン/エンドクライン分泌と、アポトーシス後の免疫細胞の再教育という二段構えで働きます。
- 肺トラップ・エフェロサイトーシス・マクロファージの再教育・制御型T細胞(Treg)・IDO、自家/他家の違いなど、再生医療の理解に必須の用語を収録しています。
アポトーシス(プログラム細胞死)
細胞が自ら管理・制御して引き起こす細胞死のこと。静脈内に投与された間葉系幹細胞(MSC)は、体内に長期生着することは極めて稀であり、血管内のストレス(低酸素、血流、免疫刺激など)によって短期間(24時間以内〜数日間程度)でアポトーシスを迎えます。再生医療において、この「細胞の死」は治療の終わりではなく、患者様自身の免疫系を正常化させる重要な第2段階の引き金となります。
インドールアミン(IDO:インドールアミン2,3-ジオキシゲナーゼ)
免疫の働きを抑制する酵素(生理活性物質)の一種。アポトーシスを起こした幹細胞をマクロファージや単球が貪食(エフェロサイトーシス)することで産生・放出されます。この物質が血流やリンパを介して全身を巡ることで、攻撃的なT細胞などの働きを抑え、過剰な炎症を鎮める方向に働きます。
インターロイキン-10(IL-10)/ TGF-β
優れた抗炎症作用を持つサイトカイン(細胞間シグナル伝達タンパク質)。生きている幹細胞から分泌されるだけでなく、幹細胞を貪食して「再教育」された免疫細胞(マクロファージや単球)、および誘導された制御型T細胞(Treg)からも大量に放出されます。全身の免疫ネットワークを「炎症を起こすモード」から「炎症を鎮めるモード」へと転換させる主役となります。
エフェロサイトーシス(Efferocytosis)
体内で役割を終えてアポトーシス(細胞死)を起こした細胞を、マクロファージなどの食細胞が速やかに認識し、周囲に炎症を起こさないように綺麗に貪食(吸収・処理)するプロセスのこと。MSC療法においては、このエフェロサイトーシスが行われること自体が、宿主(患者様)の免疫細胞を「修復・寛容型」へと生まれ変わらせる(再教育する)決定的なトリガーとなります。
エンドクライン効果(内分泌効果)
細胞から分泌された生理活性物質(成長因子やサイトカイン)が、血液などの体液に乗って遠く離れた部位(遠隔臓器など)にある細胞に到達し、作用を発揮すること。点滴投与された幹細胞の多くは肺の毛細血管に捕捉されますが、そこから遠隔地の炎症・損傷シグナルをキャッチして活性化し、血液を介して全身の疾患(糖尿病や肝炎、遠隔の組織損傷など)に効果を及ぼすのは、このエンドクライン効果によるものです。
MSC(間葉系幹細胞/間葉系間質細胞)
骨髄、脂肪、臍帯(へその緒)などの組織に存在する幹細胞の一種。従来のイメージである「現場(損傷部位)へ行って直接別の細胞に化ける(分化する)」という働きではなく、近年の定説では「全身の炎症情報を受けて、成長因子の分泌(パラクライン/エンドクライン作用)や、自身の死(アポトーシス)を介した宿主免疫細胞の再教育によって、遠隔で働く」のが実態に即した正しい理解とされ、現在はMSC(間葉系幹細胞/間葉系間質細胞)の表記が統一見解になっています。
脂肪由来幹細胞(ADSC)
間葉系幹細胞の一種で、お腹などの脂肪組織から採取される細胞です。採取が比較的容易で体への負担が少なく、多くの細胞を確保できるため、現在の美容皮膚科や整形外科、内科領域の再生医療で主流となっています。
制御型T細胞(Treg:Regulatory T cell)
過剰に活性化した免疫反応を抑え、免疫の暴走(自己免疫疾患やアレルギーなど)を鎮めるブレーキ役として働く非常に重要なT細胞の一種。点滴治療によって「再教育」された単球がリンパ節へ移動することで、骨髄からこのTregが誘導・増殖されます。その後、体内の慢性炎症組織へと移動し、IL-10やTGF-βを放出して、中長期にわたり持続的な全身の炎症抑制・組織修復環境を維持します。
サイトカイン/成長因子
細胞から分泌され、特定の細胞に情報を伝えたり、細胞の増殖・分化・修復などを促したりする生理活性タンパク質の総称。MSC療法における治療効果(免疫抑制、組織修復、血管新生など)は、投与された細胞が直接行うのではなく、これらサイトカインや成長因子(IL-10、TGF-β、PGE2、VEGF、HGFなど)の働きによってもたらされます。
静脈注射(点滴)治療の二段階作用機序
近年のMSC療法において定説となっている、点滴治療が効果を発揮する最新のプロセス。第一段階(短期・即効性発現):投与後、生きている幹細胞が肺の毛細血管等にトラップされている間に、成長因子やサイトカインを活発に放出して行う「短期集中的なパラクライン/エンドクライン効果」。脊髄損傷や脳梗塞、急性肺炎など即効性を要する治療において極めて重要です。第二段階(持続的・全身的効果):数日以内にアポトーシスを迎えた幹細胞が、患者様の免疫細胞に貪食されることで生じる「宿主免疫細胞の再教育と免疫応答の連鎖」。自己免疫疾患、糖尿病、動脈硬化症など、全身性の慢性疾患の治療において主軸となる機序です。
パラクライン効果(傍分泌効果)
細胞から分泌された生理活性物質が、血液循環に乗って遠くに運ばれるのではなく、ごく近傍の隣接する細胞や組織に直接作用すること。静脈をすり抜けて僅かに血液循環に乗った幹細胞は、炎症部位を通過する際にサイトカインの刺激を受けて活性化し、HGFやTGF-β、IL-10などを放出して局所のパラクライン効果による組織修復を行います。
肺トラップ(肺における捕捉)
静脈内に投与された幹細胞の大半(9割以上)が、最初に通過する肺の毛細血管に引っかかってしまう現象。肺の毛細血管の内径(5〜8マイクロメートル)に対して、幹細胞の平均サイズ(15〜20マイクロメートル)の方が大幅に大きいため、物理的に潜り抜けることが困難なために起こります。この肺トラップがあるため、血流に乗って目的の損傷組織へ到達(ホーミング)する細胞は1%以下〜数%未満にすぎないというエビデンスが多数存在します。
ホーミング効果の誤解と真実
「投与された幹細胞が、血流に乗って自律的に体内の損傷部位を見つけて集積し、そこで組織を再生・修復する能力」と一般に説明されてきた作用。しかし近年の研究では、静脈投与された細胞のほとんどが肺トラップされること、および組織内への侵入・生着には極めて限定的な急性炎症条件等が必要であることから、「血流に乗った幹細胞が直接現場に行ってホーミング機能を果たす」という一連の説は、極端な誇張あるいは誤りであることが判明しています。治療の本質はホーミングではなく、細胞の分泌物とアポトーシスを契機とした二次的な生体反応です。
マクロファージの形質転換(M1型からM2型への再教育)
体内の免疫・掃除屋であるマクロファージが、外部からの刺激によってその性質や働きを根本的に切り替えること。M1マクロファージは炎症を促進させ、攻撃的に働く状態。M2マクロファージは炎症を鎮め、組織の修復や免疫の寛容(なだめること)を優位にする状態。アポトーシスを起こした幹細胞を貪食したマクロファージは、代謝やシグナル伝達をガラリと変え、M1型からM2型へと「再教育」されます。この再教育された細胞自身が、治療効果の真の実行者となり、投与した幹細胞が消失した後も全身に治療効果を連鎖させ続けます。
自家移植/他家移植(自家細胞・他家細胞)
自家(じか)移植とは、患者様ご自身から採取・培養した細胞(自家細胞)を、ご本人に戻す方法です。免疫拒絶や重度のアレルギーのリスクがなく、感染症の管理もしやすいため、当院の幹細胞治療はこの自家細胞を用いています。一方、他家(たか)移植は、ドナー(他人)由来の細胞(他家細胞)を用いる方法で、製造の標準化や即時利用がしやすい反面、免疫拒絶のリスクや、より厳格なドナースクリーニングが必要となります。なお、ES細胞は他家、iPS細胞は自家・他家のいずれの作製も可能です。